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【サンティのともだち】
ラクーシャ国にて。
サンティがいつもの洞窟でデオドゥートを呼ぶ。
「──デオドゥート」
名前を呼んでも、すぐには来てくれない。
仕事に疲れたサンティにとって、デオドゥートとの時間こそが癒やしだった。あの青く柔らかな首の毛に顔を埋める瞬間が幸福だった。
しかし、サンティは事実を知ってしまった。
デオドゥートが精霊に関する存在だとは知っていたが、まさか精霊王の目として地上に残された存在だったとは思わなかった。
今では完全に復活した精霊王の片腕として、世界中を飛んでいるという。
つまりデオドゥートは精霊王の一部であり、サンティと仲良くしてくれていた姿はほんの一側面でしかなかったのだ。
精霊の一体として接していた自分が、恥ずかしくなった。そんなデオドゥートに心を寄せて、頼っていた自分が情けない。
国も、セグレ教も、精霊の存在も、デオドゥートのあり方も変わってしまっているのに、自分の中のデオドゥートへの思いは変わってくれない。
「精霊王と過ごした長い時間に比べれば、私との時間など、刹那のものだったのだろうな」
なにせ相手は古代から生きている精霊王だ。
ぽっと出のサンティが、精霊王とデオドゥートの絆に入り込むことはできない。
「デオドゥート、ありがとう。これまで私を支えてくれて」
だからもう、無理に側にいなくていい。
そう思って洞窟に背を向ける。
そのとき、どこからか甲高い声がした。
「きゅい!」
これは、この声は。
サンティは振り向いて、洞窟の天井に開いた穴を見上げる。
青く、大きな身体。
澄んだ色の瞳で、神聖さすら感じられる佇まい。
「デオドゥート……!」
サンティが呼ぶと、デオドゥートは羽をゆっくりと羽ばたかせながら洞窟の中に降り立った。
「どうして、ここに。もう、ここにいる必要はないのだろう?」
地上に唯一残されていたという、ラクーシャ国の古代魔法具。それを監視するため、ラクーシャ国に住み着いていたデオドゥート。
古代魔法具が破壊され、精霊と人間が手を取り合って生きていくようになった現代において、デオドゥートがここにいなければならない理由はない。
「きゅう!」
デオドゥートが胸を張って、首に括りつけられている手紙を読むようにとサンティに急かす。
サンティはリボンを解いて手紙を受け取り、便箋を開いた。
「これは……読めないな」
そこに書かれていたのは、精霊文字の短い文章だ。つまり、今のサンティには読解することができない。
しかし、この文字で書いてきたということは、精霊王からの手紙で間違いない。
「デオドゥート、ごめん。どうしても気になるから、ここで待っていてくれる?」
サンティが言うと、デオドゥートは足をしまって眠る姿勢になった。
サンティは、大きな身体をひと撫でして走り出した。
目的地は、地下にある書庫だ。
この教会でも選ばれた者しか入れない書庫の奥にある、精霊文字の研究書。それは悪用されないように魔道具で封印されているが、教皇の血で開けることができる。
サンティは迷わず指先に細い針を刺し、一滴の血液を鍵に垂らした。
本を開けて、研究書を見ながら手紙を読み解いていく。
──サンティ
この鳥は、そなたの側を好むようだ。
これからも遊んでやってくれると嬉しい。
ほんのそれだけの文章だった。
サンティは本をしっかりと片付けて、手紙を握り締めて書庫を出る。
廊下を駆け抜けるサンティの姿を、すれ違う者達が驚いた顔で見ていた。
デオドゥートが、サンティの側にいたいと言ってくれている。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。
サンティが洞窟に戻ってくると、デオドゥートが眠そうに頭を持ち上げた。
「デオドゥート、私も……私も、君に側にいてほしい」
「きゅう」
「大好きなんだ、デオドゥート。もう、これきりだと思っていたから……」
ふわふわの胸毛に顔を埋めると、鳥の高めの体温がデオドゥートを包み込む。
嬉しくて、知らず目から涙が零れてきた。
水を弾く青い体毛を滑って、地面に流れ落ちていく。
「君がいれば、私は頑張れるよ」
国と、国民と、セグレ教と、精霊。
サンティが一人で背負っていかなければならないものは多く、重い。
「きゅう……」
デオドゥートが、静かに泣いているサンティの頭に顎を乗せる。
サンティには精霊達の言葉は正確には分からない。
それでもデオドゥートは、大丈夫だよ、と言ってくれているような気がした。