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【スフィの想い】
ギルバートとソフィアは夫婦だ。
二人はとても仲が良い。
しかし、ギルバートはいつもどこかへ出かけていく。
「みゃー」
(どうして出かけるの? 好きなら、ずっと側にいればいいのに)
スフィは猫である。
まだ子猫のときにアウレ島でギルバートに命を助けられて、フォルスター侯爵家にやってきた。
人間の社会のことは分からないが、どうやらこれは必要なことのようだ。
「いってらっしゃいませ、ギルバート様」
「行ってくる。ソフィア、今日は冷えるから、暖かくして」
「はい。ギルバート様こそ……あっ」
ソフィアはそこで何故か口を噤んで、思わずというように小さく笑った。
ギルバートも口元を綻ばせる。
「私は大丈夫だ」
「そうでしたね」
どうやらギルバートは寒くても大丈夫なようだ。スフィを助けてくれたときにもすごい魔法を使っていたから、何かの魔法なのだろう。
ギルバートは本当に規格外の人間だ。
ソフィアがどこか不安げに見送っているのを見ると、スフィの胸も切なく張りつめるのだ。
「みゃう」
(ねえ、元気出して。どうしたの?)
スフィはソフィアの足に頬を擦り寄せる。
「なあに、スフィ」
ソフィアはすぐに屈んで、スフィをひと撫でして抱き上げてくれた。
ソフィアの腕の中は気持ちがいい。勝手に喉が鳴ってしまう。
さっきまでとは違い、穏やかで優しい顔でスフィに顔を寄せてくる。
「スフィ、一緒にお部屋に行きましょうか。お昼寝? それとも遊びたい?」
そうではない。
スフィはソフィアのことを心配したのだ。
しかし、結果としてソフィアが笑ってくれるのならそれでいい。
「みゃーん」
(どっちでも良いけど、ちょっと眠いかなぁ)
スフィが言っても、ソフィアには通じていない。
言葉が通じればいいのに。
スフィが何を言っているかソフィアに分かってもらえるなら、もっとちゃんとソフィアを慰めてあげられるのに。
◇ ◇ ◇
そして今、スフィはソフィアとカリーナと共に王都へ戻る旅の途中だ。
いつも使っているよりも小さな寝台にソフィアは一人で横になり、さっきから眠れなさそうにしている。息遣いと寝返りで分かる。
寝付きの良いカリーナはすっかり眠っているようだ。
窓辺で香箱座りをして外を眺めていたスフィは、ソフィアを振り返った。
『ソフィア、眠れないの?』
スフィが聞くと、ソフィアは毛布の中で苦笑した。
カリーナを起こさないようにか、小さい声で話す。
「……スフィにはお見通しね」
『分かるよ。だって、スフィは猫だからね!』
「ふふ、それもそうね」
ソフィアはそう言って、枕の横を軽く叩いた。
「こっちに来ない? 今日は暑いかしら」
確かに外は暑いくらいだったが、部屋の中は魔道具が効いていて快適だ。スフィがここにいたのも、外の精霊達がどんな様子かを見るためだ。
この街に着いたときに暴れていた精霊達も、今は落ち着いたのか、異変はない。ソフィアがここにいるからか、さっき話した精霊が頑張ってくれたのか。
いずれにせよ、これならばスフィが見ていなくても大丈夫だろう。
『ううん、ここは涼しいから』
スフィはうんと手足を伸ばして起き上がり、軽くジャンプをしてソフィアの使っている寝台に飛び乗った。
『ソフィア、ギルバートがいなくてもスフィがいるから寂しくないよ』
「あら。スフィはそんなことを言うのね」
『スフィだって、ソフィアのこと大好きなんだからね』
ギルバートがいつもソフィアにしているみたいに、スフィもソフィアを温めてあげたかった。
でも、スフィには大きな身体も、長い腕もない。
『――……入れてよ』
スフィが言うと、ソフィアは毛布の端を少し持ち上げてくれた。
中に入って、胸元でくるりと丸くなる。
スフィはギルバートにはなれないが、ふわふわの毛があるのだ。それも、今日カリーナに洗われたせいですっかり良い匂いで普段以上に整えられた毛が。
「スフィ、どうしたの?」
『こうしてたら温かいでしょ。おやすみ』
ギルバートの代わりと言うのも恥ずかしくて、スフィはそう言って目を閉じた。
ソフィアは小さく笑って、スフィの頬を撫でる。
「おやすみ、スフィ。……ありがとう」
しばらくすると、ソフィアは眠ることができたようだ。
頑張っているソフィアは素敵だが、無理はしてほしくない。
『……ギルバートが言ってたことの意味が分かった』
スフィは溜息を吐いて、ソフィアの寝息を聞きながら眠りの中に落ちていった。