一迅社文庫アイリス アイリスNEO

一迅社文庫アイリス毎月20日頃発売★ アイリスNEO毎月初頭頃発売★ 少女向け新感覚ノベル

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【目に毒だから】

 トビアスは、ケヴィンと共に次の視察でマティアスが訪れるという劇場の周辺を下調べに来ていた。
 最近できたと市民の間で話題の劇場は、貴族用のボックス席はあるが、劇を身近に感じてもらいたいという劇場主の考えから、誰でも観劇できるよう、安価なチケットも扱っているという。
 今話題のその劇場で公演中の歌劇は、『青百合の君』というらしい。その名前からいかにも王太子マティアスと王太子妃エミーリアの二人を扱ったものだと分かる。
 今回の視察の一番の目的は、エミーリアにその歌劇を見せることらしい。安定期だとはいえ、妊娠中のエミーリアを普段のようにお忍びで連れ出すことはできない。
 今回の第二小隊の任務は、その視察という名のデートを問題なく遂行することだった。

「──とはいえ、この辺りは平和だな」
「そりゃそうでしょ。ここ、普通に王都のど真ん中だし。僕、この辺よく来るけど、昼間は揉め事一つ見たことないよ」

 ケヴィンが少し面倒そうに、道に人が隠れることができそうな場所を確認していく。店と店の間に五十センチほどの隙間を見つけて、地図に赤で印を付けた。

「ケヴィンはよく来るのか?」
「こないだあれ見てきたよ」

 ケヴィンが指さした先には、『青百合の君』のポスターがあった。

「本気かよ? 休日まで殿下の話を見に行くとか……」
「見たいって言われたんだから仕方ないだろー」

 不本意そうに目を逸らしたケヴィンに、トビアスは苦笑した。好き嫌いがはっきりしたケヴィンが、不本意なことでもする理由を知っているからだ。

「何だ、デートかよ!」

 揶揄い混じりにそう言って、トビアスはふと劇場に目を向けた。
 ちなみにこの劇場の設立に国王が出資しているという噂があるが、真偽はトビアスも知らない。

「──ねえ、トビアス」
「なんだよ」

 ケヴィンに呼ばれ、トビアスは何かあったのかと緊張する。この相棒は重要な事件があっても暢気に話すことがあるため、いつも警戒が欠かせないのだ。
 しかし今回は、どうやら非常事態ではないようだ。

「あれ、副隊長じゃない?」

 ケヴィンの視線の先は、貴族用の出入口に向けられている。
 そこには洗練された雰囲気の男性がいて、階段を下りようとする清楚な令嬢に手を貸している。
 男性の身長は百八十センチ以上あるだろう。シンプルなシャツに薄手のジャケットを羽織っただけの身軽な服装に貴族らしさはないが、目を引く銀色の髪と完璧な立ち居振る舞いは見知ったものに違いない。
 ということは、エスコートされているあの令嬢はソフィアだろう。
 美しさと愛らしさを併せ持つその姿は、特に恋愛運がないトビアスには目の毒だ。薄水色の軽やかなワンピースの裾がひらひらと揺れて、思わず目を引かれてしまう。
 トビアスはあえてソフィアの方を見ないようにして、小さく溜息を吐いた。

「……副隊長だな」

 そういえば、今日ギルバートは非番だった。
 ソフィアとデートだったのか。

「ちょっとトビアス、何してんの。こっち」

 ケヴィンがついさっき地図に赤い印を付けた場所に隠れて、ひょいひょいとトビアスに手招きをする。

「隠れるのか?」
「だって。気になるじゃん」

 確かに、トビアスも気にならないと言ったら嘘になる。
 あのギルバートがソフィアに向ける表情の、甘く柔らかいことといったら。
 市民用の出入口から出てきた女性達が、すっかり釘付けになってしまっている。連れの男性達が可哀想だ。

「きゃっ」
「大丈夫か?」

 ソフィアが階段を一歩踏み外してしまったようだ。小さく悲鳴を上げたソフィアを、ギルバートが腕を回して支えている。
 今度は、目に毒なのは女性ばかりではなかったらしい。
 ソフィアが転びそうになった瞬間、大きく揺れたスカートの裾と、長い髪。照れているのか頬を染めたいじらしい表情が、思いきり皆に見えたのだ。

「……これ、大丈夫なの?」
「とりあえず、気付かれないようにした方が良さそうだな……」

 無意識の二人の攻撃を食らわされては堪らない。
 トビアスは恋愛運がなく、彼女もいないのだ。どんな罰だ。
 隙間に隠れて二人が去るのを待とうと決めたトビアスとケヴィンは、気配を殺してじっと二人が去るのを待った。
 やがて劇場から出てきた二人は、じゃれ合いながら歩いていく。ギルバートが指さした先を見る限り、どうやらこれからケーキ屋に行くようだ。
 これで安心か、と思ってトビアスが肩の力を抜いた瞬間、こちらに気付いていなかったはずのギルバートと目が合った。

「ひぇっ」

 トビアスが咄嗟に声を上げたのも仕方がない。
 ギルバートはソフィアと繋いでいない方の手の人差し指を立てて、口の前に置いていた。今は声をかけるなという意味なのだろうが、それにしても、ソフィアと一緒にいるせいでいつもより柔らかな雰囲気だ。
 つまり、端的に言って、色気がすごい。

「うわぁ……相変わらず目に毒じゃんね」
「本当に。これ、正面でいつも浴びてる夫人ってすごいんじゃないか?」
「それな」

 本当に、無駄に色々なものを振りまくのは止めてほしい。
 本人達に自覚がないのもまた、困ったことだ。

「──……とりあえず、仕事に戻ろう」

 トビアスは深い深い溜息を吐いて、ケヴィンの背中を軽く叩いた。