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【そしてまた今日も】
ギルバートはソフィアの手を握ったまま、小さなランプに照らされる穏やかな寝顔を見つめていた。
森の中の違法な研究所に潜入したのは昨夜のことだ。
騎士達が魔獣を倒しているうちに、ソフィアが皆とはぐれてしまった。
ギルバートはすぐに引き返してソフィアを探した。ソフィアが魔道具を使ったことで居場所は分かったが、ギルバートが駆けつけたときには、ソフィアは風魔狼に襲われ雪の上に尻餅をついていた。
今にも襲いかかろうとする風魔狼と、抵抗する術がないソフィア。
瞼に貼りついたその光景は目を閉じるたびにギルバートに突きつけられ、同時に身体が冷えていく。
森の中でソフィアを見る魔獣の目は、ギルバートがよく向けられていた敵を見るものとは違う。仕留めるべき獲物を見るものと同じだった。
簡単に奪われていたかもしれない。
その恐怖は、ギルバートがこれまでに感じたことのないものだ。
ソフィアがアウレ島で壊れた指輪を見たときに感じた恐怖も、このようなものだったのだろうか。
ギルバートは強く目を閉じて、負の感情を心の奥へと追いやった。
ソフィアが目覚めたときに、ギルバートが憔悴した顔をしているわけにはいかない。安心できるように、普段通りに振る舞わなければ。
日が昇り始めて、少しずつ室内が明るくなってくる。
「──……生きていて、良かった」
呼吸と共に僅かに上下する布団と、暖かい場所で血色が良くなった顔。それは今まさにソフィアがここで生きていることを示している。
ソフィアの手が、温かかった。
「どうしても、私はお前がいなければ……」
祈るように額に当てて、ギルバートは自分の手が冷たくなっていることに気付く。
このままではソフィアの体温を奪ってしまう。
ただでさえ、雪の中で冷えきっていたのに。
そう思って離そうとした手は、逆に眠ったままのソフィアに無意識に握られてしまっていた。
離せないことに気が付いて、ギルバートは小さく嘆息する。
少しでも温かくしなければと、自分の手ごと布団の中に入れた。
ソフィアの体温を奪いたくはないし、目覚めたソフィアにも気付かれたくなかった。
いつの間にか時が過ぎ、部屋が明るくなる。
カーテンの薄布越しの光に照らされ、ソフィアの姿がよく見えた。
大きな怪我や目立つ怪我がなくて本当に良かった。
捻挫の不自由はあるだろうが、ソフィアが部屋で休んでいるうちに、この面倒な陰謀に片を付けてしまえばいい。
こんな茶番はもうたくさんだ。
相手が何者であっても、何を狙っていても、ギルバートには関係ない。とにかく、ソフィアがいる場所は、憂いなく笑っていられるところであってほしい。
静かな怒りの炎が、ギルバートの内で燃えている。
頭は冷えていた。
腕輪も魔力に反応していない。
これならば、集中して事を運ぶことができそうだ。
「──……お前を傷付けるものに容赦はしない」
自らに言い聞かせるように、小さな声で呟いた。
ソフィアが少しも不安に思わなくて良いように、大切な人達の大切を守るために。
動機はいつも単純だ。
そしてまた今日も、ギルバートは剣を握る。